2012年6月23日土曜日

奨学金免除を通して思ったこと

日本学生支援機構の奨学金には、大学院において第一種(無利子)採用の場合に限り、半額または全額その「返済が免除」となる制度があります。

実際には各大学に割り当てられた一定の枠に対して、各大学が学内で応募者を集め、書類選抜で応募者に相対的な順位をつけて免除されるべき該当者を決定しているようです。

私は昨年度からの学振特別員採用を機に、この制度を利用して大学院で借りた18ヶ月分の奨学金約200万円を「全額免除」してもらうことができました。そして先日は、今年度の学振採用を機に免除申請を行っていた同期のH子さんにも「全額免除」という知らせが届きました。


上記は、私が当時応募した申請書の評価項目になります。 申請結果としては結果オーライだったのですが、改めて調べてみるとウェブ上に奨学金免除のノウハウを紹介しているサイトがいくつも存在しており、その内容と自分の免除申請書類を照らし合わせてみると、この内容でよく通ったもんだと今更ながら恐ろしくなりました。しかし一方で、これら免除申請の結果に関して、内容以外にも運が良かったのかもしれないと思うことがあります。

ここ最近時期柄、他の大学のHPを見る機会や事務方と接する機会が昨年から次第に多くなってみて、現在所属するK大学は、奨学金免除申請に限らず学生や若手研究者に対しての「情報の周知/開示の不備不足」や「事務方の仕事に対する意識の低さ」など様々な点において問題がある施設であることを知りました。

実際、昨年私が事務方に対して他大学での例をもって免除審査基準の開示を要求したときは、その開示された基準の曖昧さ審査書類作成過程での事務方のミスの多さなど信じられない現状を目の当たりにしました。しかも、ミスした当人は謝罪などする気はないようで平然としていました。そのミスが一人の学生にどれだけ負担をかける結果になるのか考えたりしないのでしょうか。私が念のため事務方の作成した最終書類を(わざわざ無理を言って)チェックしたから発覚しましたが。「もし。。」と考えるとゾッとします。

最近では私以外にも、普段は温厚な私のボスが、事務方に提出する各種書類の煩雑さが年々増してきていることが、業務の遂行に支障をきたしているといって事務方とやりとりしている時に、向こうの無責任な対応や堂々とした責任逃れ発言に憤慨していました。

色々事務には不満不信がありますが、別に事務方だけがダメだと言いたい訳ではありません。学内での各研究者の連携や協力関係というところも疑問や問題に思う所は多々あります。しかしいづれにせよ、大きな(とくに公的側面が強い)組織はどこも同じなのかもしれませんが、大小さまざまな利権を抱えることで組織は自浄作用を失い腐っていくんだなと感じました。難しい問題です。システム上の不備です。人事評価方法などを含め全体的な改革をするしか解決の方法はなさそうです。そういう意味では、ナニワのH市長の公務員人事に対する考え方はもっともで、頑張って大きな波をつくって欲しいという気持ちになります。

Yam氏が「石橋を叩き割ってから渡る」と形容していた現在のボスの慎重さは、最初はだいぶ抵抗がありましたが、この3年を通して実はすごく重要な意味をもっているということに気付きました。運が良かったです。実際、ごく最近ラボのTさんに事務書類作成に際し「教授にそっくり」といわれてしまいました( ̄_ ̄;)>光栄なことです。少なくとも、今回の一連の奨学金免除に関しては、そのボス直伝の慎重さがもたらした結果ともいえるわけですから。

もちろん情報収集などについては本人に第一責任があるのは当然ですが、私自身、今後は様々な場面で組織の一員として活動する上で、組織というのは杜撰で信用できないものであるということを前提に諸事対応していかなければならないなと強く感じます。こないだ書いたYamちゃんのPubmed掲載に関しても、ジャーナル組織に対して黙っていたら恐らく状況は何も変化しなかったわけで。そんなことを考えていると、今後は、とりあえず何事に対しても「疑ってみることそして、受け身にならず納得できなかったら食い下がってみること」を念頭に行動していきたいと思います。

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